おーりたぼーり第9回:どこに行きますか?・「どこまでも」のメーラムニ版

けーらなり、みしゃろーるんねーら?第9回のポッドキャストでは、メーラムニの動詞「行く」を紹介して、「どこに行きますか?」とその答え方の幾つかの言い方を勉強します。また、最後にスペシャルコンテンツとしてディズニーの映画「モアナ」の名曲「どこまでも」のメーラムニ版(!)も紹介します。どーでぃん しきたぼーんなーら!

Lequio に取り上げていただきました〜!

けーらなり、くよーまなーら。最近は仕事等で忙しくて、ブログの更新をあまりしていないことは申し訳ございません。

今日は、私達のポッドキャスト「おーりたぼーり」がなんと Lequio に取り上げられました。取材しに来てくださった方に大変お世話になりました。しかいっとぅみーはいゆー(ありがとうございます)! ばんだー ポッドキャスト Lequioんがかかりそー、 でーずぃぬしゅく さねへーんゆー(私たちのポッドキャストがLequioに書かれていることは大変うれしいです)。

記事を以下に添付しましたので、じひ ゆみたぼーり(是非読んでみてください)。

記事にも書いてあるように、ポッドキャストの第9回は今、作成中ですので、どーでぃん しきたぼーんなーら(どうぞ聞いてください)。

くもーむに

けーらなり、みしゃろーるんねーら。
(皆さん、お元気でしょうか。)
くぃのーれー、めーらぬ うやずぃまでぃ いじらりる くもーまげ はりてくぃたゆー。
(この間、宮良の親島ともいわれる小浜島へ行ってきました。)
くもーむにん んめーま ならいくぃたそんが、きゅーや ブログんが うぬくとぅ かくゆー。
(小浜の言葉も少し習いましたが、今日はブログにそのことを書きます。)

1771年の明和の大津波と呼ばれる大きな津波の後に、多くの人口を失った宮良村。当時、小浜から多くが人々が宮良村へ移住した歴史があります。そのために、宮良の人々は小浜をしばしば「うやずぃま」(親島)と呼んでいます。

小浜島へ初めて行き、初めてくもーむに(小浜の言葉)を聞いたのは、去年のこと。めーらむに(宮良の言葉)とも似ているところもありますが、最初はほとんどわかりませんでした。何度か通って島の人から、教えてもらって、少しずつ勉強し始めました。

すると、小浜の方々が話す日本語に、くもーむに独特の発音の影響が見られることがあることに気がつきました。例えば、小浜の言葉は、宮良の言葉と比べると、無声化といって、ひらがなで書こうとすると、「おーりたぼーり(ooritaboori)」が「おーりたぽーり(ooritḁpoori)」のように聞こえる事があるのですが、小浜の方が日本語で話しているときに、「多分(tabun)」が「たぷん(tḁpun)」のように聞こえる事があることに気がつきました。カナ表記では表しにくいですが、最初の「た」の母音が無声化して、音声表記で tḁ と書きます。要するに、ヒソヒソ声でささやくときと同様、声門から音を出さないような発音になっています。そして、その次の濁音「ぼ」や「ぶ」が「ぽ」や「ぷ」に聞こえます。

若い世代で、自分の地域のスマムニ、しまくとぅばが話せない方も多く、私もそうなのですが、このようにそれぞれの地域の言葉から影響された発音や、それ以外にもスマムニの影響を普段使っている言葉の中に発見すると、少しスマムニやしまくとぅばが身近に感じるかもしれません。

小浜島は、NHKのドラマちゅらさんの舞台となったこともあり、観光客が多く訪れるそう。港ではこんな可愛いポストカードを見つけました。

詳しくは、またポッドキャストで少しずつ紹介していきます。どーでぃん しきたぼーんなーら。(どうぞ、聞いてみてください。)ブログん、ゆみたぼーり、しかいっとぅみーはいゆー。(ブログも読んでくださって、ありがとうございます。)

おーりたぼーり第8回:どこにありますか?

けーらなり、みしゃろーるんねーら?みーとぅすぃん んかいよーり、いーくとぅゆー!(あけましておめでとうございます!)

さて、2018年の最初のポッドキャストでは、メーラムニの動詞を紹介しはじめるため、「どこにありますか?」という簡単な質問と答えの言い方をまとめました。動詞の活用などは、少し複雑ですが、まずは簡単な言い方から入って、これから少しずつ一緒に学んでいきましょう!どーでぃん しきたぼーんなーら!

 

めーらむにならひたぼーり 原稿

けーらなり、くよーまなーらー。
みしゃろーるんねーら。

今日は、めーらむにと日本語の両方で書いた原稿をアップします。東京にある三元社さんの「言葉と社会」という雑誌に載っていますが、PDFで見れるようにしました。ここをクリックしてみてみてください。

めーらむには、ほとんど書き言葉として使われてきていませんから、どのように表記するかという問題がありました。例えば、いわゆる 中舌と呼ばれる音の表記は、統一されたものがありません。そもそも、日本語にはない音があるわけだから、それをひらがなで書こうとすること自体難しいです。私のエッセイの中では、大濱先生の三線の工工四などでもよく使われる表記(ウ段に小さいイ段を使って書く表記法)を使用しました。また、これまで、宮良村では、めーらむにを表記するのに、カタカナを使う事が多かったようです。そのため、何人かの先輩からは、カタカナで書いた方が良いのでは?というご指摘も受けましたが、このことに関しては、論文の指導してくださっている先生からのアドバイスなどもあり、今回はひらがなを使いました。日本語からの借用語は、そのまま感じで表記しました。そして、話者によって、同じ単語でも発音が異なることもあるために、それをどのように表記するか迷いました。そのように、たくさん迷いながら書いたのがこのエッセイです。まだまだ完璧ではないところもたくさんありますので、これからもどうぞご教授願います。

めーらむらぬしじゃぬめー、ばぬげ めーらむにゆならひたぼーり しかいっとぅみーはいゆー。(これを書くために、たくさんの宮良の先輩方にお世話になりました。本当にありがとうございました。)

どーでぃんゆみたぼーり。(よかったら読んでみてください。)

少し原稿の最初の方をこちらに載せておきます。

ばーや やいまぬ めーらむらとぅ うくぃなーぬ 与那原出身ぬぶげーぶねーぬむとぅんがどぅ まりだそんが、ぶげーぬ ばがはーるばしょがら やーにんじゅさーり うくぃなーげ くちくぃたきー めーらむに どぅぐばがらぬゆー。

ばーぶげーや めーらぷぃとぅゆー。ばーぶねーやうくぃなーぷぃとぅどぅやるきー、やーなんがーやまどぅむにさーり はなひーだゆー。めーらぬばーあっちぇーあっぱーや、めらむにゆ しかいとぅじゅんちおーったそんが、ふぁーげー はなほーるばしょー、やまどぅむにたんがーさーり ぱなひおーったよーすゆー。のーでぃどぅ めーらむにさーり ぱなはなーだゆ ばーやどぅぐばがらぬゆー。あっちぇーあっぱーぬ ばがはーる ばしょんが、学校んが 方言札でぃいずむぬんどぅあり、やまどぅむにゆ すこーそーどぅ あたらはーるくとぅでぃどぅ ならーはりだよーすゆー。あっちぇーあっぱーや 小学校おーびどぅ んどーったよーすゆー。やっそんが、どぅーぬふぁーや 中学校、高校、大学げはらひ、勉強しみぷさんでぃ うむいおーったよーすゆー。うぬくとぅんありり、どぅーぬふぁーげーや やまどぅむにばどぅ すかいおーったあらぬかやーでぃ、ばーぶげーがら しきめーる うぶいぬあるんゆー。

続く…続きは、PDFでみてください。

メーラムニナラヒタボーリ

 

アイヌの土地を訪れて思ったこと

けーらなろーり。みしゃろーるんねーら。きゅーや、やまとぅぬにすんたがら、かえりくぃたゆー。どーでぃんゆみたぼーんなーら。

はじめて北海道を訪れた。札幌で行われた先住民族の政策に関する国際学会に参加して、そのあとに二風谷地区を訪れた。

二風谷で撮った写真。

その経験のなかに、一つ忘れられないことがある。「アイヌ語で◯◯は何というのですか。」という日本人からの質問に対して、「ごめんなさい、何もわからなくて。」というアイヌの女性がいた。私は、悲しかった。どうして、自分の言葉をわからなくて、(というか、言葉を奪われて)それを奪った人たちにそんなことを聞かれて、わからなくて、「ごめんなさい」という状況になっているのか。それを私たちは一緒に考えなければならないのではないだろうか。 “アイヌの土地を訪れて思ったこと” の続きを読む

メーラムニの形容詞の紹介

ポッドキャストの第6回第7回では、メーラムニの形容詞を紹介しましたが、いかがだったでしょうか。少し、ポッドキャストで紹介した形容詞の文法的な特徴を、少しまとめて書きたいと思います。言語学の用語をできるだけ避けて、できるだけわかりやすく書きますが、わからないところありましたらコメントの方で是非質問して下さい。

まずは、日本語の形容詞から入りましょう。日本語の形容詞は、基本的に「〜い」で終わるものですね。例えば、「高い」「低い」「赤い」「黒い」はすべて形容詞です。少し分析してみると、これらを「語幹」と「接尾辞」と言った部分に分けることができますが(すみません、言語学の用語を使ってしまった)、「語幹」とはその形容詞の根本的な意味を表す、常に変わらない部分ですね。「たかい」の語幹が「たか」だし、「ひくい」の語幹が「ひく」ですね。そして、これらの語幹に接尾辞「い」が付きます。過去形や否定形等にすると、この「い」の部分がかわります。例えば、「あか」の過去形が「あかかった」だし、否定形が「あかくない」ですね。変わらない部分が語幹で、活用によって変わる部分が接尾辞です。

さて、日本語の形容詞は、語幹+「い」という形となりますが、メーラムニはどうでしょうか。沖縄本島の言葉(ウチナーグチ;メーラムニでは「うくぃなーむに」)では、形容詞は基本的に「〜さん」で終わります。小浜島が日本全国有名になったドラマ「ちゅらさん」もその例です。これを初めて耳にした本土の方がおそらく「誰、ちゅらさんって?」と思ったんだろう。もちろん、「ちゅらさん」の「さん」は、人の名前につける「さん」とは違います。「ちゅらさん」は、「美しい」を意味する形容詞で、その語幹が「ちゅら」(日本語の「清ら」と語源的に関係がある)で、その語幹に付く接尾辞が「さん」です。ということは、沖縄語の形容詞は、語幹+「さん」という形になります。日本語の形容詞の語幹と同じ語幹のものもあります。例えば、「高」は沖縄語では「たかさん」だし、「赤」は「あかさん」となります。

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結願祭

けーらなり、くよーまなーらー。みしゃろーるんねーら。
ばーや、きゅーや めーらんがどぅうるゆー。ばーや、めーだどぅぐばがらぬくとぅん、たかーにあるゆー。やっそんが、きゅーや、ばーやめーらぬ結願祭げはりて、でーずぬしゅくさにへーだゆー。めーらぬしじゃぬめーがら たかーに めーらむにゆ ならいてー、ぐぃばらばどぅなるでぃどぅ ばーや なまうむいうるゆー。

ミルク神
踊りの奉納

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Educated not to be able to speak your own language?

Hi everyone. Today, I decided to write this post in English because I think by writing in English, more people can read about my experience on Ishigaki Island.

I have been working on learning my heritage language (Miyara Yaeyaman) and developing learning materials for Yaeyama Language, one of the Ryukyuan languages spoken in the Ryukyu Islands in Japan.  Our languages (Ryukyuan languages) are endangered and it is said that people stopped speaking them to younger generations around 1950s and 1960s.

I was born in Ishigaki in 1988 but grew up mainly in Okinawa main island.

I have many families and relatives who live in Miyara, Ishigaki. This is a story from one family, who lives in Miyara. Father speaks Miyara Yaeyaman fluently. I often go to study with him. He is my uncle. He is a very kind and generous man always helping me to learn my language. He told me that at age of 14, he decided to speak Miyara Yeayaman with his parents. But his classmates were laughing at him, telling him “why are you speaking like a grandpa?”

Sometimes I come across with people of the village who tell me “why are you learning a dirty language? ”  The other day, I was told that “if you were an ugly woman, I would speak Miyarn to you.” This makes me so sad. Our language is not dirty. It is beautiful and very precious. But somehow it is considered as a language of dirty people or ugly people. Why?

It makes me sad that the ability to speak the language of the Island is somehow related to socioeconomic situation.

I feel that my grandparents decided not to use our language because they wanted their children to succeed in our society. Miyara village has been a village of agriculture. My grandparents were farmers, they grew pineapples, sugarcanes and rice. My grandfather passed away already but my 95-years-old grandmother is healthy and she is in a nursing home.

My father, who is the third eldest son among his 6 siblings, once told me, he wanted to get education in Tokyo. But he could not because his family was not able to afford it. Another Miyaran man of his age told me, there is a tendency that if people want to study at university, people tend to stop speaking the language.  Why do people have to choose either speaking the language and stay OR not speaking the language and get education?

I studied hard in school, in Japanese. I studied also English, Finnish and Italian. I studied languages. However, when I come back to Ishigaki to see my grandparents and find myself that I do not completely able to speak my grandparents’ mother tongue and my own mother tongue, I could not stop my tear. I feel lost.

What have I done? What was my education all about if I cannot speak the language closest to me?

Why do we have to stop speaking our language if we want to get education? I feel like I was educated NOT to speak my own language. 

可能表現の調査

八重山語の文法は、ある程度学者向けの論文や辞典などで記述してありますが、基本的に自分で島に行って、直接に聞いたりしないとわからないことが多いです。八重山語の研究は、およそ6年前からはじめましたが、八重山語の文法を調査するときは、一体どのようにやっているでしょうか、と思う人もいるでしょう。

昨日から石垣に来ていますが、昨日の昼間に成底さん兄弟に山の「別荘」(畑の作業場)に誘ってもらって、ヤギ刺しとピビジャヌスルィ(山羊汁)をいただきました。成底兄弟はメーラムニが達者でもあり、せっかくだからその機会を使って簡単な文法調査もやってみました。テーマは、「可能表現」でしたが、例えば日本語では「飲める」とか「飲むことができる」とかのような表現ですね。3分ぐらいで幾つかの表現を確かめることできましたが、まずビデオでその様子をご覧になってください。

さて、文法のまとめですが、このビデオでは2つほどの可能表現が出ましたね。動詞「ヌムン」(飲む)を例に取り上げると、「飲める」のような意味を表す表現は「ヌミシーン」と「ヌミブスン」と言った2つの形が存在しますね。少し分析すると、「ヌムン」の、いわゆる連用形「ヌミ」に、「シーン」または「ブスン」を付けてできる形です。もちろん、他の動詞も同じパターンになります。例えば、「フォーン」(食べる)の連用形は「ファイ」となりますが、「食べられる」は「ファイシーン」や「ファイブスン」となりますね。

これらの可能表現のそれぞれの否定形も3分ほどの調査の中に出てきましたが、気付きましたでしょうか。「〜シーン」の否定形は、「〜シャーヌ」でしたね。そして、「〜ブスン」の否定形は、「〜ブサヌ」です。これで、「不可能表現」となりますね。「ヌムン」を例にしてまとめると、以下のようになりますね:

肯定     否定
ヌミシーン  ヌミシャーヌ

ヌミブスン  ヌミブサヌ
飲める」  「飲めない」

さて、これで終わりでしょうか。いや、違います。ビデオにもあったように、これらの可能表現には、例えば敬語の表し方がどうなるのか、という問題がでましたね。そして、よく考えると、過去形(昔は飲めました)等、他の文法と合わせたときの様々な言い方も確認しないといけません。このように、一回の調査から、少しずつ文法の理解や記述を深めていくのです。

ちなみに、ヤギは大変美味しかったです。んまはーだゆー、しかいとぅみーはいゆー。